ファン・デル・フース《人間の堕落》

具志堅 要

2016年03月19日 00:30

ヒューホ・ファン・デル・フース(1440-1482)の描くアダムとイヴはうつろな表情をしている。


ヒューホ・ファン・デル・フース作《堕罪》1479年、美術史美術館(ウィーン)

ファン・デル・フースはフランドルの画家で、ブルゴーニュ公シャルルの結婚式の装飾を担当するなど、画家としての頂点を極めていた。しかし、メンタルな病に苦しんでいたようで、1478年頃に画家を引退し、修道院に隠遁している。

ところが修道院でも心の平安を得ることができなかったようで、1480年頃に自殺を図り、その2年後に亡くなっている。

《人間の堕落》の中で、アダムもイヴも悪魔も、互いに目を合わすことはない。

悪魔が毒々しく描かれているならば、人間たちを救うために神も憐憫の情を示してくれるかもしれない。ところが、その悪魔も自信無げな表情だ。そのため神が出現しそうな気配もない。

アダムとイヴと悪魔との当事者性のなさは、現代に通じる精神の不安定さが描かれているのだともいえる。

1477年にブルゴーニュ公国は崩壊する。それとともに、中世的で華やかな騎士道文化も、終焉を迎える。騎士道文化という「大きな物語」が終わりを告げるのだ。

21世紀のぼくたちは、近代という「大きな物語」が終焉するのを体験している。近代社会が夢見た希望が、ことごとく崩壊していくのだ。そして崩壊のプロセスに当事者性をもつこともできない。

このような類似によって、ぼくたちはこの絵に惹きつけられているのかもしれない。

ブルゴーニュ公国は、14世紀後半から15世紀半ばにかけて、宮廷に華やかな騎士道文化が開花した。この時代のブルゴーニュ公国は、欧州の経済的先進地域であったフランドル(現在のベルギー周辺)を含み、経済・文化の一大中心地であった。

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