ゴッホは狂人ではない:アルトー

具志堅 要

2022年11月29日 17:01

1889年5月にゴッホはアルルから20キロメートルほど北東にあるサン・レミのカトリック精神療養院「サン・ポール」に入院する。
入院早々にテオに宛てた手紙を見ると、創作意欲の旺盛なことがわかる。
アイリスの花もライラックの花も生命力に満ちあふれている。
詩人で演劇家のアントナン・アルトー(1896-1948)は「ヴァン・ゴッホは狂人ではなかった」と主張した。
医学は役立たずで気の抜けた死骸のように見えるのだが、その医学がヴァン・ゴッホを狂人だと宣告しているのである。
仕事をしているヴァン・ゴッホの明晰さと向き合うなら、もはや精神医学はそれ自身が妄想に取り憑かれて迫害されたゴリラどもの狭苦しい侘び住まいにすぎず、そしてそのゴリラどもは、人間の不安と息苦しさの最も恐ろしい状態を取り繕うために、滑稽な専門用語しか持ち合わせていないのである、
それは彼らの腐りきった頭脳の生み出したご立派な産物なのだ。
(A・アルトー『神の裁きと決別するため』宇野邦一他訳)

作品を見る限り、ゴッホに狂気を認めることはできない。


ゴッホ『アイリスの花』1889年5月(J.ポール・ゲティ美術館)


ゴッホ『ライラックの茂み』1889年5月(エルミタージュ美術館)

紫色の燕子花(かきつばた)とリラの茂み、つまりここの庭園で拾った二つの素材……二枚を描いている。 仕事をしなければならないという義務感が回復して来たし、制作能力も戻ってくれることを願っている。
でも仕事であまり体力を使うから、いつも実際生活のやり方が下手で放心状態が続いてしまうのだ。(硲伊之助訳『ゴッホの手紙 下』1970年、岩波文庫)

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