説話の世界から離れる民衆像『ゴルゴタの丘への行進』

ピーテル・ブリューゲル(父)の絵に登場する民衆は、はじめのうちはことわざの世界に住む民衆だ。
しかし1665年の連作『月暦画』から、民衆それ自体が描かれるべき対象となる。
その転機になるのは、1664年作の『ゴルゴタの丘への行進』からだろう。
そこでは主人公であるイエスは、画面中央に小さく描かれる。
イエスの存在に反比例して、民衆はことわざや聖書の物語の住民ではなく、個性を持つ存在として描かれるようになる。

説話の世界から離れる民衆像『ゴルゴタの丘への行進』
ピーテル・ブリューゲル(父)『ゴルゴタの丘への行進』 1564年、美術史美術館(ウィーン)

画面の左下でジタバタしている男女の一団がいる。
クレネ人のシモンだ。
クレネのシモン(Simon)は新約聖書の共観福音書に登場する男性で、イエスの十字架を担いで歩いたことで知られている。
シモンはクレネ(現代のアフリカ北部)の出身だ。イエスが力尽きたため、たまたまそこにいたシモンが兵士によって無理に十字架を担がされた。

彼らが出て行くと、シモンという名のクレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に負わせた。(『マタイによる福音書』)

説話の世界から離れる民衆像『ゴルゴタの丘への行進』

ブリューゲルは聖書の中の人物を次のように描く。
民衆は説話の世界を離れて、同じ地平に生きる人間として描かれるようになるのだ。

説話の世界から離れる民衆像『ゴルゴタの丘への行進』
夫クレネのシモンを行かせまいと地団駄を踏む妻



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