ルーベンス――《キリスト昇架》《キリスト降架》

ネーデルラントの教会を飾っていた彫像や祭壇画は、カルヴァン派による1566年の聖像破壊運動によって、大半は破壊された。

空っぽになったネーデルラントの教会は、北部諸州と南部諸州とでは異なった展開をすることになる。

カルヴァン派は、南部諸州ではスペインとの争いに敗れ、北部諸州に逃げ込んでいた。その北部諸州で、スペインから独立した国家を造ることになる。それがオランダ(正式名称ネーデルラント)だ。

カルヴァン派は偶像崇拝を否定していた。そのため北部諸州の教会堂は、図像による装飾は少なく、空っぽの空間として残された。

次の絵はオランダの教会堂の内部を描いたものだ。聖像破壊運動は美術品を破壊するだけの運動ではなかった。むしろ空っぽの教会堂を造ろうとする運動だったといってもよいだろう。空っぽの教会堂こそがカルヴァン派の信仰にふさわしい場だとされたのである。

ルーベンス――《キリスト昇架》《キリスト降架》
ピーテル・ヤンス・サーンレダム作《アッセンデルフトの聖オダルフス教会堂の内部》1649年、50 x 76 cm、アムステルダム国立美術館

南部諸州の教会は、ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)らフランドル派の画家の台頭によって、再び祭壇画で彩られることになる。

次の二つの絵は、ルーベンスによるものだ。アントウェルペン大聖堂は1566年の聖像破壊運動とそれに続くカルヴァン派の支配によって、空っぽの空間にされた教会堂の一つだった。そのぽっかりと空いた巨大な空間を、ルーベンスはダイナミックな絵で埋め尽くしてくのだ。

ルーベンスの筆先のタッチは、軽やかで力強い。その筆先のタッチは、聖像破壊運動で生じた巨大な空隙を埋めるために生み出されたのかもしれない。

ルーベンス――《キリスト昇架》《キリスト降架》
ピーテル・パウル・ルーベンス作《キリスト昇架》1610-11年、460×340cm、アントウェルペン大聖堂 (シント・ヴァルブルヒス区教会旧蔵)

ルーベンス――《キリスト昇架》《キリスト降架》
ピーテル・パウル・ルーベンス作《キリスト降架》1611-14年、421×311cm、アントウェルペン大聖堂



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