奄美まで自由自在に放浪したジュリ(遊女)

奄美まで自由自在に放浪したジュリ(遊女)
桃梨出閨門 従風飛三千里
琉球より出奔して大嶋に来るもの間々(まま)あり。此図は満(マ)ると云ゾフリ の図にして、謡(うた)をうたひ、三線をひき渡世す。

引用は、名越左源太(國分直一・恵良宏校注)『南島雑話1』(1984年、平凡社)より
(挿絵は奄美市立奄美博物館所蔵によるもの)

沖縄では遊郭は1672年に辻(つじ)、仲島(なかじま)に創設される。渡地(わたんじ)の創設は不詳。
遊女のことをジュリという。
『南島雑話』ではジュリが琉球から奄美まで流れてきたことを記している。
同書は名越左源太の1850年から55年までの奄美滞在の記録。
明治維新(1868年)まで十数年に迫った時代に、ジュリという遊女(うかれめ)は黒潮に乗って自由自在に奄美から沖縄までを放浪していたようだ。



同じカテゴリー(民俗)の記事