——無縁の縁(えにし)を紡ぐ——
32 七月文中(盆=筆者注)百姓等男女打込おすたいく躍仕家内毎忌係り之方も無構押而罷出所中之故障ニ相成剩終夜男女致混雜節儀之妨不宜候間向後右躰之挙動無之樣堅締方可申渡事 〈久米具志川間切規模帳〉
右の文からすると規制された踊りはおすたいく(ウスデーク)ということになる。ウスデークは一般的にはシヌグやウンジャミのあとに女性のみで踊られている(『沖縄大百科事典』上 288頁)といわれているが、右の文を文面通りに受け取ると十九世紀半ばまで久米島では、七月の盆祭にしかも男女そろってウスデークを踊っていたことになる。(玉木順彦『近世先島の生活習俗』55ページ)
「シヌグ」というと、沖縄の歌人(女性)、恩納ナビーの歌に「あねべたやよかて/しのぐしち遊で/わすた世になれば/おとめされて」があります。「姉さんたちがうらやましいよ、シヌグをして遊んでいたのに。私たちの時代になったら禁止されてしまったよ」という内容の歌です。ナビーは十八世紀前半ごろの恩納村に生きた人ですので、十八世紀ごろまでは恩納村にも「シヌグ」があったこと、そしてそれが禁止されてしまったことがわかります。ナビーはそのほかにも「シヌグ」をテーマにした歌を歌っていますが、「シヌグ」が禁止されたのがよほどくやしいというかショックだったようです。「お役人様に申しあげます。首里の王様へのご奉公は夜も昼も休みなく勤めます。だからアマンユヌシヌグ(太古の世のシヌグ)を許可してください」とか「恩納村役場の松の木の下に禁止するという掲示板が立っているよ。恋をするなという禁止までできるものか」と歌っています。