——無縁の縁(えにし)を紡ぐ——
安レストランのテーブルを挟み、見知らぬ同士が、一メートルにもみたない距離を介して向かい合わせに座っている(テーブルを個人が独り占めすることは有料の特権であり、この特権は一定の料金以下ではとても与えてもらえない)。
レヴィ=ストロース(福井和美訳)『親族の基本構造』
この見知らぬ二人は短時間のあいだ共同生活にさらされる。……会食者の胸中には、目に見えない不安がどうしようもなく兆してくるだろう。(レヴィ=ストロース同前)
小瓶にはちょうどグラス一杯分のワインが入り、この中身は持ち主のグラスにでなく、隣席の客のグラスに注がれる。するとすぐに相手も同じ互酬的ふるまいで応じる。(レヴィ=ストロース同前)そうすると不思議な化学変化が起こることになる。
さていったい何が起きたのか。二本の瓶の容量はまったく同じで、中身の質もさして変わらない。この示唆に富む場面に登場した二人の人物は、結局のところ、自分のワインを自分で飲んだ場合と比べてべつになにも余分に受け取ったわけではない。経済的観点から見れば、どちらが得したのでも、どちらが損をしたのでもない。しかし交換には交換された物品以上のものがある。(レヴィ=ストロース同前)ワインを交換することによって、料理の値段が変わるわけでもなく、ワインを飲む量が変化するわけでもない。ただ同じ量のワインが互いに交換されるだけのことである。
ワインが供されたならワインを返さなくてはならない、親愛の情には親愛の情で応えなくてはならないのである。互いに無関心であるという関係は、会食者の一方がその関係から脱しようと意を決するや、もはやいままでとはまったく別様に結び直されずにすまない。この瞬間から関係は、もはや親愛的か敵対的かのどちらかにしかなりえない。(レヴィ=ストロース同前)